夏は旅行シーズン。この夏はなかなか旅に行くことも難しい状況ですが、旅が私たちの心に与えるポジティブな影響を、旅に行かずに得ることだってできます。

旅する幸せを、日々の暮らしに取り入れる

旅は人を生まれ変わらせます。日常を離れ経験したことのない文化に触れたり、見たこともない風景に出合ったりすると、私たちはその偉大さに感動し、大きな解放感と幸福感に満たされます。でもそれだけではありません。心の深いところでも劇的な変化が起きて本当の自分に出会い、その場だけではなく、長く続く心の豊かさを手に入れることができるのです。

ウェスタン・ワシントン大学の健康および人間発達部門に所属する研究者のジャスミン・グッドナウさんも、「(海外に行くと)日常のしがらみから解放されて、自由になれたような気がしますよね。そんな時は、考え方まですっかり新しくなっているものです」と話しています。

いま、世界は新型コロナウイルス感染防止のため、多くの国で入国が制限されています。でも、行ってみたい国があるなら、実際に行かなくても、行ったのと同じような心の効果があることが、研究で明らかになっています。もちろん、外国で目覚める朝のワクワク感、名峰の頂上で日の出を迎えたときの感動、屋台から漂ってくるエスニック料理の香りに食欲をそそられる楽しさは、実際に足を運ばなければ体験できません。とはいえ今は、いつになったら自由に海外旅行ができるのか、解禁されたとしても、誰もがすぐに安心して飛行機に乗れるのか、はっきりとは分からないのが現状です。そこで、そんな今の状況でも旅がもたらす幸福感を、家の近くで体験する方法をいくつかご紹介します。ぜひ試してみてください。

旅の計画を立てる

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昔から「旅の楽しさの半分は、計画を立てることにある」と言われます。とりあえず航空券の手配は後回しにした方がいいかもしれませんが、次の旅先をどこにするかは、いますぐ考えることができます。前から行きたかった場所の風景を思い描き、そこに自分がいる姿を想像してみてください。行ったら何をしようかとネットや雑誌を見て写真を集めたり、旅行記を読んだりしているうちに気持ちが高まって、まるで実際に旅をしているような充実感が湧いてきませんか?2010年にオランダで行われた研究によると、人が旅行から得られる幸福感が一番大きいのは、旅行中ではなく、旅行を楽しみに待っている時だそうです。

なぜそんなことが起きるのでしょうか?それは脳の報酬系回路の働きに関係があります。コロンビア大学で社会感情神経科学を研究するメーガン・スピアさんの説明を聞いてみましょう。「報酬系プロセスというのは、うれしい報酬につながる刺激を受けたとき、これを脳が処理する方法のことです。うれしい報酬とは大まかに言えば、人間の心をいい気分にしてくれるもので、その報酬に近づきたい、その報酬を得るために行動したい、と思うようなものと定義できます」。脳が報酬を得たときに人間がいい気分になるのは、中脳から「幸せホルモン」とも呼ばれる神経伝達物質ドーパミンが放出されるからだそうです。そして興味深いことに「報酬系プロセスは、実際に報酬を得たときだけでなく、得られそうだと期待しただけでも、似たような反応」をするのだそうです。

旅行先での詳細なプランを立てるのは本当に楽しいもの。泊りがけでハイキングに行くならどんなルートにしようか、ホテルはどこがいいかしら、まだ知られていない新しいレストランにも行ってみたい…。やりたいことがたくさんあるほど、準備に手間がかかります。宿探しだけでなく、行き先によっては事前に許可を取らなければならなかったりもします。時間がたっぷりある今なら、そんな準備もじっくり取り掛かれるもの。その意味では、準備が大変だからと避けてきた目的地への旅を実現するチャンスなのかもしれません。ガイドブックや旅行記を読んで気分を高めたり、旅先の写真や情報を並べてボードをつくったり、旅先で感動したりリラックスしたりしている自分の姿を想像しながら、プランづくりを楽しみましょう。

楽しかった思い出を振り返る

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Instagramで旅の写真 #travelsomeday を検索してひたすら眺めていると、なんだか時間をムダにしているような気になるかもしれません。でも大丈夫。適度に思い出に浸ることは、旅のプランを立てることと同じように心にいい影響があるのです。学術誌の『ネイチャー・ヒューマン・ビヘイビア』には、楽しかった過去の旅行のことを思い出すと、幸福感が高まるという論文が掲載されています。スピアさんによると「楽しかった思い出は、報酬系プロセスをつかさどる脳の領域と関連しています。楽しかったことを思い出すとストレスが減り、短い時間で気分を前向きに引き上げることができます」ということです。

心の中で思い出すだけでなく、具体的な行動を起こすのもいい方法です。例えば、昔行った旅の写真からお気に入りのものを選んでプリントアウトし、額に入れて飾ってみるとか、しまい込んであったアルバムを出して眺めてみるとか、瞑想をする時に、外国の街を歩いていた自分の姿を思い描いてみるとか。旅の記録を書くのもおすすめです。楽しかった思い出がきっと生き生きとよみがえってきますよ。

「心の中で思い出すのも、文章で表現するのも、心への効果という点では同じです。よりはっきりと臨場感をもって思い出せる方法が、その人の健康にとって一番効果的な方法だと思います」と、スピアさん。

むしろ効果に差が出そうなのは、誰かと一緒だったかどうかという点です。スピアさんは「家族や友人とわいわい出かけた楽しい旅行の思い出は、ストレスホルモンのレベルを大きく下げてくれます。ウイルス感染対策のために人々が孤独を感じがちな今、尚更効果が高いでしょう。また、親しい友人と一緒に過ごした時のことは、楽しいクリアな記憶として残っているため、思い出しやすいことが分かっています」と話しています。

異文化に浸ってみる

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未来の旅を計画する、過去の旅の思い出を振り返る、という方法をご紹介しましたが、それらをさらに深めるために、我が家で実際に異文化を体験してみてはいかがでしょうか。例えば、食を通じて外国の伝統文化を理解したり、本場ならではのレストランを見つけたりすることは、旅の大きな楽しみのひとつですよね。そこで、もし「2021年こそはイタリアに行くぞ!」と思っているなら、ボローニャ風ラザニアの作り方に挑戦してみるのです。あるいは、イタリア風のハーブガーデンを作って、いつもの手作りピザを本場イタリアの味にぐっと近づけてみるのも楽しいですね。料理学校やシェフたちがオンラインで料理教室を開いていることもあり、よりチャンスです!

また外国語の勉強もおすすめです。『フロンティアーズ・オブ・ヒューマン・ニューロサイエンス』誌に掲載された論文によると、外国語の勉強は、脳の機能(特に記憶力)が向上するだけでなく、心の柔軟性も高まり、創造性もアップするなど、心にいいことがたくさんあるようです。外国の方が日本への旅行を計画中だとしたら、上記のアイデアに従って、例えば寿司作りの腕に磨きをかけたり、浴衣を着て桜の下を歩くことを夢見たりするのもいいアイデアですが、もう一つ、日本語で「乾杯」を言う練習を加えてみる、といった具合です。語学学習アプリDuolingoやMemriseを使えば、手軽に外国語が学べます。またCouseraやedXでは、大学の授業を無料で聴講できます。

小旅行をする

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旅先ではストレスが減り、目の前の楽しいことに集中できて、いつもより自由な気分が味わえます。グッドナウさんは、そうした旅の楽しさの中で人は気持ちも性格も明るくなると語ります。「これが『境界状態』、すなわち体も感覚もいつもの場所から切り離された状態を感じているということです」。「境界状態」は人類学でよく使われる言葉で、感覚の境界に関連している状態、または何かの中間にいてどっちつかずである状態のことを指します。

この先数カ月は、誰も遠くへ行けない状況が続くと思われますが、ありがたいことに近場の旅行でも「遠くへ来た」という気分を味わい、心にいい影響を与えることができるそうです。「長期間の旅行をしている人も、3日以内の近場への小旅行をしている人も、『境界状態』の感覚に違いがないことが分かりました」とグッドナウさんは話しています。

小旅行でも本格的な旅行と同じくらい満足し、気分をリフレッシュするために、行き先選びよりも大切なことがあります。それは旅行への心構え。グッドナウさんは「自分は旅行に行くんだとちゃんと意識することが大切です。たとえ小旅行でも、長期の旅行と同じような特別感やありがたみをしっかり持てば気持ちが盛り上がりますし、『境界状態』つまり非日常であることを実感できる行動を取りやすくなります」とアドバイスしています。「旅行のために用意した服を着て、旅行者らしく振舞いましょう。少し贅沢をして現地のごちそうを食べたり、美術館のガイドツアーを申し込んだり、特別なことをしてみましょう」。アウトドアスタイルの旅行であれば、さらに多くのメリットがあるそうです。

例えば、飛行機に乗ると「いまから休暇に出かけるぞ」と気持ちが切り替わります。それと同じように、小旅行でも「ここから先は非日常」という分かりやすいラインを超える工夫をすると、特別感を感じられるでしょう。ちょっとしたこと、例えばフェリーで目的地に向かうとか、州や県境を超えて隣の州や県へ行くとか、町を離れて国立公園に入る、などでも構いません。今は世界のどこでも、旅行会社が地元のお客さんを重視するようになっていて、小旅行のプランが増えています。

見慣れた風景を再発見する

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憧れの遠い国に行ったときは、誰でも感覚が鋭くなります。空港に着いたとたん、初めて見るもの、初めて聞く音、初めての匂いが一気に押し寄せてくるので、何もかもが珍しく、普段なら気にならないような小さなことにまで興味がそそられます。でも近所の見慣れた風景でも、その美しさに気付けるようになれば、マインドフルネスを実践するチャンスにもなります。

シアトルでウェルネスエキスパート、マインドフルネスコンサルタントとして活躍するブレンダ・ウマナさんは、次のように話しています。「なじみの場所に出かけたとき、感覚を研ぎ澄まして、目に入る景色、音、匂いを感じ取ってみてください。おしゃべりを控えめにして、周りの音に集中する時間をつくるといいですね」。ハイキングに行ったら、友人や家族と一緒ならグループ行動をちょっとひと休みして、10分ほど黙って過ごしてみましょう。1人ならイヤホンをはずして、周りの音に耳を傾けてみます。

「こんな風にまわりを意識して注意を向けることは、『アクティブ・コンセントレーション(積極的な集中)』とも呼ばれ、これを突き詰めたものが瞑想です。自然の中で心のすべてを解放して自分をとりまくものだけに意識を集中する時間は、都会生活のストレスから離れ、過剰な刺激で疲れている神経を休ませる時間でもあるのです」と、ウマナさん。家の近くでこれをやれば、長旅から帰ってきたら山ほど仕事が待っていた、なんていうストレスとも無縁ですよね。

またウマナさんは、次のようにも語っています。「こうやって、短い時間でも身のまわりに好奇心を集中すると、その効果は生活のほかの場面にも影響していきます。そして体にも、心にも、精神にも大きな変化があらわれ、ますます健康になっていくのです」

 

この記事は Shape のクロエ・バージュが執筆し、NewsCred パブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは legal@newscred.comまでお願いいたします。